インターン生”トモ”の滞在記

昨年の12月いっぱいで名古屋のデザインプロダクションを退職し個人で頂くお仕事で食い扶持を繋いでモラトリアムを過ごしていた。

やはりモラトリアムはいろいろと考え事をしてしまう。

「この先の仕事の仕方」それに付随する「デザイナーとしての独立したい」という希望、振るわないぼくの地元南知多町の活気の回復。

突然ですがぼくは地元愛知県の南知多町が大好きです。

電車も通っていないど田舎で若者の雇用もなく過疎化が進み、特産品や名産品はあるものの魅力を伝えきれず特に注目を浴びることもない商品。

日頃から地元の町おこしや、特産品、名産品を盛り上げたいと思ってました。

そんなことをいろいろ考えているとふと、「このモラトリアム期間を活かして何処で環境を変え、町おこしを学びながら生き方について考えるのもいいかな」と思いgoogle先生で町おこしを調べていたら「地域起こし協力隊」なる物を見つけた。そこからどんどん調べて行ったらローカルについてまとめている「ココロココ」というにサイトに行き着き柴原さんと白石さんの記事を見つけ、ヒト大学の存在を知った。

「世界遺産の白川郷で町おこしも学べてお金ももらえる!モラトリアムを過ごすのになんて打って付けなインターンだ」と思いすぐに問い合わせ、柴原さんも快く受け入れてくださったので4月から1ヶ月弱インターンに行くことになった。

ぼくは初?の車でのインターン生。名古屋から車で2時間半弱。

雪がまだまばらに残っている白川郷へ。

夕方辺りにアオイロ・カフェに着き、時間が時間だったのでとりあえず滞在先のシェアハウスへ。

外から見たシェアハウスは正直、掘建て小屋のよう(すいません…笑)でしたが中に入った瞬間木の匂いが。木の床の柔らかな感触。これだけで癒された。名古屋にいては中々入る機会のない内装。これを一から作ったというのだから驚いた。ぼくもDIYは好きなのだが自分たちの手でここまで作ることができるんだと感動した。

そしてリビングからの景色!薄く雪の残った山と春の夕日に煌めく川。水が下流に向かって流れる音。「こんな癒しスペースで外の景色を見ながら仕事ができる。最高!」と思った。

ただインターン生のお約束のカメムシには苦戦…。

でも人間の適応力はすごいものであんなに気持ち悪かったカメムシも数日したらガムテープで難なく捕獲できるようになった笑

翌日、アオイロ・カフェで打ち合わせ。

ぼくがグラフィックデザイナーということもあり、「ヒト大学のロゴマーク」と「石垣島ヒト大学」のサイトの制作をお手伝いすることに。

その打ち合わせの際に聞いた白川郷での皆さんの働き方がとてもゆるくていいなと思った。「夕方4時ぐらいには仕事を終えてビールや家族サービス」。

「こんな働き方があるんだ。いいなーゆるいなー」と思ったのを覚えてます笑

ぼくの仕事も進捗管理など任せてくれてありがたかったです。

それからの日々は白川郷を案内してもらったり、契約の打ち合わせに同行させて頂いたり、雪囲いを外す手伝いをしたり、合掌の部品?の倉庫を見せてもらったり、散歩したり温泉行ったり、一つ一つを書き出すととても長くなってしまうのである程度割愛します。ここからは印象に強く残ったことと仕事のことを列挙します。

ぼくは車で行ったのである程度自由が効いたのですが、物によっては買い出しに行くのにも高山や富山まで車で片道1時間。

コンビニは1件だけありますが、11時閉店。さらに滞在先の平瀬からは車で15分ぐらいかかります。多分歩くと2時間そこら。

そして白川郷に滞在し始めて数日が経った頃、なんと4月だというのに雪が積もりました。

一夜だけの雪だったのに積雪量はすごく「山深い村の冬の生活は毎日こんな感じなのか…」と想像したら1ヶ月弱しか滞在していないぼくですが、白川郷での生活の大変さをほんの一部分だけ垣間見れたような気がします。個人的には美しい景色が見られて嬉しかったのですが笑

それから見る見る景色が変わり満開の桜まで見ることができました。

雪化粧された山、山の色の移ろい、雨霧に霞む山々の美しさ、静謐さ。

たった1ヶ月で豊かな四季を感じられました。

二度ほど連れていった頂いた、「喫茶さとう」さん。荻町でも全て地元の物を使って昔ながらのメニューを出しているお店です。「とちもちぜんざいセット」を戴きました。

ここで店主の直子さんとよもぎさんから「結」という文化のことを教えてもらいました。

昔から白川村の人々は「結」という制度で合掌の屋根の葺き替えや雪下ろし、お葬式などを村の人々が助け合って行っている。

しかしその素晴らしい文化も時代の流れとともに風化して行きつつあるということ。

これには色々と現実的な問題が。助け合いの文化がなくなってしまうことは大変勿体無く、悲しいことです。しかしこういった文化を継承して行くのも地域の課題なのかなと。

柴原さんとよもぎさんがセッティングしてくれたフリートーク「今宵は~」はとても貴重な時間でした。

いろいろな経験をしてきた柴原さんの言葉や独立を目指す音楽家の彼の考え方。

不明なことや不安なこと、結局ネックになっているポイントはどこなのか。話しているうちに色々なことが見えてきたような気がします。

まだまだ模索中ですがこのフリートークを機に自分の道が少し鮮明になり「とりあえず行動はしよう」と考えるようになりました。

このような機会を頂けてとても感謝しています。ありがとうございます。

そして何よりも柴原さんとよもぎさんが村の人々に深く関わり、深く受け入れられていて素直に「すごい」と思いました。

人口約1700人の村とはいえ、村という閉鎖的なコミュニティ(偏見ですが)で信頼関係を築き色々な活動をして行くのは想像するよりも遥かに大変なことだと思います。

本当はぼくも地元の活気回復にどうにかして尽力したいとは思っているのですが、なかなか行動するのが難しいです。

それを楽しみながらやっているお二人には感嘆します。

さてさて、お仕事のことですが。

ありがたいことに学長ブログで紹介して頂いたのでこちらではさらりと。

打ち合わせ時に頂いた理念やコンセプト、活動内容やターゲットを元にモチーフや色のイメージや意味を絞り込みます。

連想ゲームのようにモチーフを文章で書き出し、スケッチブックに何十個もロゴのラフを描きパソコンで実際に作成して行く。

もちろんロゴというものは見た目だけでは意味がありません。

「ロゴ」とは会社やサービス、商品の理念やコンセプトを踏襲し、自分たちの行動指針となるもの。それを人に伝えるもの。

モチーフのアイデアとして、「人」はもちろん「テント」「道」「幕」「足跡」など他にも数十個のワードを選出。

その中から「テント」を採用。

「ソーシャル大学」=「人がいればそこが学びやになる」という考えから「場所を固定されない青空の下のテント」というイメージで制作しました。

テントの屋根を人で表し、それを支える「ウチ」「ソト」「ヒト」という柱。この他にも2案提出しましたが、ぼくの推し案に柴原さんもよもぎさんも賛同して頂き、こちらの案が採用となりました。

ロゴ制作中にたまたま連絡を取っていた友人のコピーライター山中彰くんにヒト大インターンのことを話したら、その後色々を記事を読んで興味を持ったようで「ウチ、ソト、ヒトの出会いをもっと」というタグラインを作ってくれました。

石垣島のwebサイトも制作は終わっていますがまだ公開はもう少し先です。

多分6月には公開かな?笑

こちらもシンプルでスッキリした見た目になるようデザインしました。

公開されたら是非見てください!

1ヶ月弱、長いようであっという間でした。

「ローカルのこと」「独立のこと」学ぶことの多いモラトリアムインターンでした。

まだまだ色々模索中ではありますが「なんにしても行動あるのみ!」と思えるようになりました。

上では触れていませんが森下家のお二人、直子さん、色々とお世話になった柴原さん、よもぎさん、ありがとうございました。また会いにいきます!

どぶろく祭りや白水湖もめっちゃ行きたい笑