インターン生”ひな”の滞在記

白川村でのあっという間の二週間の生活が終わりました。文章を書くのは苦手でうまくまとめられませんでしたが、とにかく最高の二週間だったということを書いています。

突然ですが私は大学2年生の前期を終えたとき、入学した時から何も変わらない自分にこのままでは4年間何も得ずに終わってしまうと焦りを感じていました。

ふるさとワーキングホリデーのホームページからたまたま岐阜県を選び受入事業社の募集要項を眺めていました。そこで、ホワイエの募集要項を見ていたら進路に悩む私にぴったりではないか!とビビッとくるものがありました。何をするのかよくわからなかったけれど、行動しない自分にだけはなりたくなかったのでずらずらと今の悩みを 応募フォームに書きまくりました。

そんなこんなで受け入れてもらえることが決まり、白川村を訪れることになりました。

1日目から最終日まで毎日なにかしらのストーリーがありました。交流会を開いてもらったり、魚をもらったり、コウモリを逃がそうとしたり、BBQをしたり、ヒト大の合宿に参加したり、台風被害にあったり。 たったの2週間だったので迫り来る最終日が嫌で仕方がなかった反面、明日は何が起こるかな、誰のどんなお話が聞けるのかな。と毎日朝から晩までワクワクでした。

東京よりもはるかに人口の少ない白川村ですが関わりを持たせていただいた人数は東京での生活よりも多くて、それだけで居心地が良くて人と話すってこんなにも楽しいんだと気づくことができました。進路の話を真剣に話してくれたり聞いてくれたり、その人の人生の話を聞かせてくれたり、吸収するものが多すぎて溢れちゃいそうでした。

色んな人の話を聞くうちに自信がなくてふさぎ込んでいた興味や関心など自分の中の様々な思いに、素直に生きようと思えました。ダメならダメでいいから、とりあえず行動してみようという気持ちになれました。この2週間で出会えた人はみんな前を向いていて、それでいて私に手を差し伸べてくれました。立ち止まっていた私の足も前を向くみんなの背中見ていたら私も自分に素直に生きていいんだと、一歩進むことができたような気がします。まだ小さな一歩ですが、この2週間のことを思い出せば、少しずつ進み続けられるような気がします。

東京に戻るバスに揺られながら、 最後に柴さんが持たせてくれたアオイロ・カフェのシュガードーナツとあんぱんを食べました。偶然どちらもフォルムが丸で、それを食べながら喫茶さとうのお母さんのお話を思い出しました。

人には角を見せてはいけない。だから、おにぎりも丸く握る。お豆腐も角を作らないようにしている。

とおっしゃっていました。

料理は人柄が表れるような気がします。柔らかく優しいお母さんの人柄が料理にも表れていて、人柄を知ったからこそより美味しく感じました。喫茶さとうのそばだんご汁は昔の人の苦労や知恵のお話も 聞きながらいただきました。そんなお話を聞いたら、米粒の1つも残してはいけないなと食べ物のありがたみを再確認できました。

白川村でいただいた料理のほとんどは柴さんやよもぎさんが、そのお店で働く人やお店のこだわりについてお話ししてくれました。

そんなお話を聞いてから食べる料理はそのお店の良さが伝わってきて、きっと知らないで食べる料理とは格段に味が違うんだろうな〜と思いました。2週間では白川村のお店を回りきれなかったのでまた 戻ってきたときに食の旅の続きをしたいと思います。

今回の白川村最後の食の思い出はアオイロ・カフェのドーナツとあんぱんでした。白川村で初めて食べたお店のご飯もアオイロ・カフェのパンでした。同じお店のパンには変わりがないのに、お世話になった人が作ってくれた料理は感謝の思いや思い出がそこに詰まっていてめちゃめちゃ色んな味がしました。 ポエマーみたいですけど、本当のお話です!

白川村での生活が終わってしまうような気がして、なかなかあんぱんに手が出せなかったけれど、結局お腹が減ったのでもぐもぐ食べてました。本当においしかった~~。

柴さんとよもぎさんの元でインターンができたからこそ、ステキな2週間を送れました。また悩んでもお二人の顔を思い出せばなんだかやっていけそうです笑

また白川村に戻る時は悩んだ時か、何か報告したいことができた時か、美味しいご飯が食べたい時か、ステキな人たちに囲まれたくなった時でしょう。

お世話になったみなさんありがとうございました。 私のこと忘れないでくださいは図々しいので、また訪問した時はちょっとでいいので思い出してください。


 

この記事を書いた人

河野 日向子

山形県山形市出身の19歳。駒澤大学2年生。
夏も冬もライブに駆け回っています。
今年はフェスに行かず、白川村でした。

インターン事業所 一般社団法人ホワイエ
滞在先 やまごや以上ほしぞら未満