「本質的な学びの場ってどこにあるんだろう?」一橋大学の学生受け入れレポート。

 

先日12月9日(日)に、一橋大学 堂免ゼミの都市地域政策について学んでいるという学生さん 20名を受け入れました。

会場はヒト大のキャンパス、花植家にて。

「白川村の地域振興についてや、ヒト大設立の経緯、地域内外への影響を聞きたい」ということだったので、まずは私たちが今まで行ってきたまちづくりの活動や、地域おこし協力隊制度の受け入れのこと、村が抱える「人材不足」という課題などについて、簡単にご紹介。

その上で、私たちが白川郷ヒト大学を運営している理由や、続けて来た中で見えてきたこと、「白川村だけに特化したまちづくりや人材育成」を目指すのではなく、もっと広義に「個人がありのままで生きられる社会をつくる。主体的に行動する人材を増やす。」という目標へと変化してきた経緯、描く未来へのアプローチ方法などを、お伝えしました。

「生き方に悩んでいる若者は意外と沢山いて、そういう悩める若者の受け皿になりたい」という話とか、旗を立てる大切さとか、学びの場づくり最強説とか、続けることの尊さとかの話を、うんうんと頷きながら、真剣に聞いてくれていました。

積極的に質問を投げかけてくれる学生さんが多く、面白い話が色々出ていたので、いくつかピックアップしますね。

学生さん
「地域のプレイヤーが不足しているという課題は見えても、実際に主体的に活動する人を育てるのは難しい」という話がありましたが、なぜ難しいと感じるのですか?
柴原
うーん、基本的にみんな他人事になってしまうんですよ。なんとなく課題意識はあったとしても、日々の忙しさに追われて、実際に動き出すほどの熱意やパワーは生まれない。

人口がわずか1600人程度で年間170万人近い観光客を受け入れていて、しかも地域行事を変わらず守り続けている白川村では、特に村民の肩にかかる負担は相当なものだから。もちろん、それ自体はとんでもなく凄い事なんだけどね。

僕たちもそうだけど、やっぱり自分の心に余裕がなければ、地域活性もまちづくりもできない。どんなに社会的に価値のあることでも、地域が幸せになる活動であったとしても、ボランティアでは続かない。だから、持続可能な運営を考える必要があるんだ。

学生さん
お話の中で「自分たちはよそ者だから」って言葉が出ていましたが、「地元」の人と「よそ者」の境目というのは、どのあたりですか?
柴原
これは、地域によって違うと思うけど、白川村では「地元」というのはこの土地で生まれ育った人のことを指す気がします。

今の時代は、移住者・出身者・関係人口のグラデーションは豊かになっているし、よそから来た人でも長く住んで地域に歩み寄った姿勢が理解されて「お前はもう村民や」みたいな扱いを受けることも多々ある。

でも、50年以上も前にお嫁に来たようなおばちゃんたちでさえ「私たちでも、まだよそ者よ」と言うのを聞くと、その感覚や意識的な部分での違いはどうしても消えないのかもな、という気もします。別に悲観的なわけではなくて、客観的にね。

学生さん
なぜ地域おこし協力隊になったんですか?
柴原

東京でサラリーマンをしてるときに、やりがいやモチベーションを保ち続けるのが難しいなと思ったんだ。当時僕は管理職で、周りからはやりがいのあるポジションに見えていたかもしれないけど、大きな会社だと、自分で意思決定できないことが多くてさ。

「お客様のため」ではなく「上司が言うから」という理由で、「これ違うよな」と思ってることでも部下に伝えなきゃいけなくて。組織で働くことへの納得感を見出せなくなって来たんだ。

満員電車も苦手だったし、子育てにも向いてない環境だったし、「この先ずっと、部下の評価をしながら生きてくのかな」って自分のこの先が見えてきてしまった気がして、怖くなった。

白川村に暮らして面白いなと思うのは「余白がある」ということでさ。プレイヤーが少ないから、自分が担える役割がいっぱいあるんだ。

だから、場所で決めたというより、やれることで決めた、という感じ。ここの暮らしは、人によっては合う合わないあるだろうし、好き嫌いも分かれると思うけど、僕はすごい穏やかに過ごさせてもらってる。

時間に追われてないし、あくせくしてない。昔だったら遅くてイライラしてたようなことも、今はのんびり受け止められるし、そういう価値観があることを知れた。

仕事のやりがいとか幸せって、社会へ与える影響力の大きさとか、規模で決まるんだと思ってたけど、そうじゃなかった。全体のサイズよりも、割合なんだよね。自分がそれに対して関われてるパーセント。

今自分がやってる仕事は規模は小さいけど、自分のハンドリングが効く割合が大きいからストレスフリーなんだ。

学生さん
先ほど話されていた、合掌集落保存のための「売らない・貸さない・壊さない」という三原則は、変わる予定はないのですか?
柴原

僕が移住して来た5年前から、「貸さない」についての議論はされてるけど、今のところずっと変わってないね。

変えるのって、エネルギーがいるんだ。歴史ある土地というのは、長く大切に守って来たことが沢山あるから、新しい挑戦はハードルが高い。

それに、みんなずっとここに住んでて、これから先も顔を合わして仲良くやってかなきゃいけないから、周りと違う意見を言って先頭に立つのは、難しいんだ。そういうのは、僕もここで暮らしてよく分かるようになってきたこと。

学生さん
行政との仕事も多いと話されていましたが、何か心がけていることはありますか?
柴原

うーん、これは特に行政だからってわけじゃないけど、信頼を得るために与えられた仕事をきちんとこなすことかな。「あいつに任せればちゃんとやるぞ」って思われれば、仕事はいくらでも生まれる。

分かりやすく言えば、出してって言われたものを催促されずに出したりとかかな。

学生さん
世界遺産地区で何かを決めるとき、観光客と移住者のニーズが違う場合もあると思いますが、どうバランスをとっていますか?景観保存と利便性の方向性の違いとか。
柴原

まず、移住者の1番の壁は、雪なんですよ。豪雪と付き合いながら、屋根雪下ろしや雪囲作業をしながら暮らしてかなきゃいけない。だからまず、利便性を求める人は白川村に来ないよね。だから移住者というより、もともと住んでいる住人と観光客とのニーズの違いの方が大きいかな。

今日集落を歩くときは、ぜひこの風景の中に暮らしがあることに思いを馳せながら、見てみてほしい。荻町の人たちは、観光客が当たり前に自宅の敷地内に入ってきたり、縁側に座って写真撮ってたりと、毎日そんなストレスの中で生きている。

世界遺産地区はお金儲かっていいね、とか言われることもあるけれど、我慢してることや犠牲にしてるものの大きさも、なかなかのもんですよ。

ただ観光地として楽しむのではなくて、そういう視点も持ちながら、地域の人達の気持ちに寄り添って考えてみてもらえたら嬉しい。

学生さん
ヒト大学を尾鷲と八重山で始めることになったのはなぜですか?
柴原

尾鷲と八重山でやりたいという人が出てきたから。もともと、ヒト大学で描いてることとして ① 拠点連携 ② 大学のアップデート ③ 本当の意味での働き方革命 ってのがあってさ。

①に関しては、全国各地で「地域づくり」という答えのない問いに向かって孤独に頑張る人や団体が増えていっても、未来は明るくない気がしてて、みんなで繋がり合って、ノウハウを共有しながら学び合えるコミュニティを作りたいと思ってるんだ。

だから、今後もヒト大という枠組みを使って何かやりたい人が出てきたら、どんどん旗を揚げていったらいいと思ってる。

②に関しては、「教育」って1番老舗で守られてる分野だから、難しいけど。IT業界とかと比べると変化が遅すぎるのに、時代錯誤になっても当たり前に存在価値が認められてしまってる。

ここにいる学生の皆さんは、もし奨学金とか受けている方がいれば、その借金(学費)を背負った上で、それに対価を感じるほどの学びが、今得られていると感じてますか?その価値を、しっかりと考えてみたことはありますか?

大企業で終身雇用の時代なら、その学費という投資が意味を持つかもしれない。そんな数百万をなんとも思わないくらいの収入を、大学のネームバリューを生かして就いた職場で得るようになるかもしれないからね。

でも、今は働き方の形が大きく変わってきている。それなのに、大学に対する価値はずっと変わらない。親も、他の大人たちも、当たり前のように大学に行けという。決まった目標がなくても、とりあえず大学にいっときなさい、みたいな。

その人が描いてる目的に対する、最適な手段として大学を選んでるなら、何も言わないんだけどさ。もしそうじゃないなら、必ずしも大学を選ぶことが最善ではないと思うし、世の中全体にある大学至上主義みたいな価値観は、もっと多様化するべきだと思う。

既存の大学の構造や、学べることの幅広さも、より進化していくべきだと思うんだよね。働き方の変化に合わせて、学び方も変化するべき。

今日の記事タイトル、「本質的な学びの場ってどこにあるんだろう?」にしたけど、このスライドに答えがあった。面白い学びの場を探してる人、まずはソーシャル大学の運営とかしてみて、自分が場を作り出す側になってみたらいいのでは。

 

最後に、教授の堂免先生からも

堂免先生
柴原さんの言う通り、大学でできる教育って限られてるんです。大きな講堂で一方的に言葉を伝えて、マニュアル化されたことばかりを喋る。

でも本来の学びというのは、学生が自分で疑問や課題を見つけて、自分で探求して、テーマを決めるものであるはず。

そのための素材や環境が、ヒト大学にはあると思いました。ぜひ何か一緒に学ばせてください。

という、ありがたいご感想を頂きました。

普段は、地域空間デザインや、コミュニティ、公共福祉、まちづくり、地域振興などについて学んでいるという20名の学生さん。

彼らの目にヒト大学の活動がどう映ったのか、ゆっくり伺う時間がなくて残念でしたが、またいつか繋がるご縁があるといいなと、期待しています。

今回の受け入れの発端となった「ヒト大のお話を聞きたいです!」と熱いメールを送ってくれた参加学生の松下くん、ありがとう。

白川村へのご来村、ヒト大へのご来校、またいつでもお待ちしています!

白川村はすっかり雪景色になりました。