帰ってきたくなる場所

暖簾をくぐり、中に入るとまず現れるのは地下に伸びる階段。

一瞬ここが合掌造りだということを忘れてしまう。

一段一段降りるにつれて、にぎやかな観光地とは分断されたところへ落ちていく感覚。

不思議とその境界はゆるやかで、明かりの量、においといった空気の層でやんわりと、でも確実に区切られている。

店内にはピアノ演奏が控えめに流れ、席を案内してくれるのはニコニコしたご主人。

カウンターの奥さんは凛としていて優しさのある声で「お昼ご飯は食べたのかい?」と聞いてくれる。

ここは、生まれ育った家のような、そして昔読んだ絵本の中のような懐かしい空気に包まれている。

 

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白川村荻町合掌造り集落のメイン通りから1本横に入った東通りに、今回アルバイトの募集をしている喫茶店「落人」はある。

お店の前にある大きな切り株が目印

観光地での飲食業は目についてなんぼのイメージがあるが、なぜメイン通りに面していないのか?

その謎のヒントは店名「落人」の由来にある。

「合掌造りは外から見るしかないの?」

昭和48年、まだ白川郷の観光客数が40~50万人だったころ、ご主人の長瀬吉実(ながせよしみ)さんが農作業をしているとき、観光客から聞こえてきた言葉である。

これを聞いた吉実さんは、合掌造りのお店をつくることを決意。

 

基礎まで打った段階で許可が下りず、設計を大幅に変えた結果、お店は半地下に。

周りの人には、恥ずかしいから地下に穴を掘って隠れるんだと冗談交じりに言っていた。

 

また、元々この集落は、源氏平家の戦いで敗れた人=落人が隠れ住む場所だったと伝えられており、このお店ではお客様が地下に下りる=落ちる人となる。

 

これらを掛け合わせて、店名は「落人」

 

昔落人が隠れていたように、都会で疲れた人が隠れ家として休んでくれれば…という思いから、入口はメイン通り沿いではなく、目立たないところにある。

お店の外観

営業中どの時間帯が一番忙しいのかと質問したところ、「入れ代わり立ち代わりお客さんが来られるのでずっと忙しい。開店前に行列ができることもある」

国内外を問わずツアーが組まれるほどの観光地だということもあり、団体のお客様も多い。

二人ではいっぱいいっぱいなくらい忙しく、ゆっくりとお客様との会話の時間が取れないこともある。

 

忙しい中でも、吉実さんは笑顔でお客さんにどんどん話しかけ、奥さんの美代子(みよこ)さんはカウンターの中から店内へ声を届ける。時にはお客さん同士で会話するよう促すことも。

そんなお二人がお仕事をする上でモットーとしているのは“笑顔”。

お二人に笑顔を向けられると、なんだかほっとする。

美代子さんと吉実さん

どんなに大変でもお店を続けられる理由は、毎日すごいドラマが起きる可能性がたくさんあるから、と吉実さん。

それはやっぱり観光地ならではの魅力。

例えば、日本一周中の男女二人組のお客様が来店された際、店内での撮影を許可したところ、後々それがGoogleのCMに起用されたこと。

白川郷が気に入って、ここで彼女にプロポーズをすると決めたお客様のために、階段にキャンドルを灯し、閉店後のお店を彼らに開放したこと。

 

落人が舞台となった物語が次から次へと出てくる。

 

実は多くのお客さんカップルのキューピッドでもある吉実さん。

数々のエピソードを聞いていると、美代子さんが「お父さんは世話焼きなのよ!」と、笑い飛ばす。

ついクスッと笑ってしまうようなやりとりも、聞いていて安心する。

どこか懐かしい場所、落人

私の第一印象は、実家に帰ってきた時のようなほっとした気持ちになる場所。

お二人の掛け合いを聞いているだけで、吉実さん美代子さん夫婦の人柄のよさがどんどん溢れ出てくる。

それに加えて、半地下の造りが独特の時間軸、空間を生み出す。

外とは時間の流れが違うのではないかと思ってしまうほど落ち着いた店内、かといって一般的な静かな喫茶店とは違って、それぞれ会話も楽しめる。

外のにぎやかさとは違って、耳を澄ましているだけでも心地良い。

この感覚は日本人に限らず海外の方にもきっと共通のはず。

今では少なくとも1日1組はリピーターの方が来店されるそうで、店内のいたるところにディスプレイされているマグカップの中には、海外の方が再び来店された際に頂いた物も多く存在する。

お客様が喜ぶことに対しての努力を惜しまないお二人と話していると、思わずお父さんお母さんと呼んでしまいそうになるほど心がほぐれる。

そうやって、多くの人が「白川の父母に会いに帰りたい」と感じるのではないだろうか。

しかし、現在、吉実さんは商工会の会長さん、美代子さんはかつて教育委員会に所属していたこともあり、お互い多忙で二人でお店に立てない日も多い。

一人では手が回らないため、そのような日はやむなくお店を閉める。

お店を休んだ日にはリピーターの方からのメモが残されていることもしばしば。

こんな時、手伝ってくれる人がいれば夢のようだなあ、とこぼす吉実さん。

 

どのような方に来てほしいですか?と尋ねると、ニカっと笑って

「人間を好きなバイトさん!普通やったら静かな喫茶店なのに、うちはこっちからお客さんに自分の話をする。だから普通の喫茶店の概念とは違うわけのわからん喫茶店です」

吉実さんとのおしゃべりはついつい時間を忘れてしまう

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白川村のある合掌造りの地下には、毎日のようにドラマが生まれる「わけのわからん喫茶店」が存在する。

そこはみんなの帰ってくる場所。帰ってきたくなる場所。

 

喫茶「落人」

【問い合わせ】090-5458-0418

【営業時間】11:00-17:00

【定休日】不定休

【所在地】岐阜県大野郡白川村荻町792

※バイトを募集しています。気になる方はまずご連絡ください。

 

この記事を書いた人

岸本優芽

岡山県倉敷市出身の22歳。熊本県立大学4年生。

学部は建築系で、研究室ではの農山村地域のまちづくりについて勉強しています。

岡山弁と熊本弁のバイリンガル。

とにかくよく笑います。友人から、「ゆめちゃん自転車乗ってる時も楽しそうだったよ」と言われた時は自分でも引きました。

雰囲気のある大人な女性になるのが目標ですが、その道のりは長いです。

※本記事は9月3日~8日に白川村で開催された白川郷ヒト大学の「ローカルワーク編集合宿」で製作されました。