学長ブログ:寛容さを失っていく世の中に

何か、社会全体がどんどん息苦しくなっているような気がしませんか?
はい、個人的にそう感じているから、今回はこのテーマで書きたいと思います。
端的にいうと、息苦しくなっていく要因の一つに現代社会では
事あるごとにルールが増えていき、ヒトは自分達が作ったルールに囚われて、
より雁字搦めになる毎日を繰り返しています。
例えば、メールによる情報漏洩事件。よくニュースになってますよね。
起こしてしまったが最後、メールの添付資料にはパスワードかけたり、
パスワードを自動生成するメールを自動的に送るソフトを導入したりなど、
再発防止徹底が図られます。
送る方も受け取る方も、まぁ大変。
じゃあ、10年20年前はどうだったかというと。
おそらく、20年前はメール自体がありましたっけ?
まぁ、その程度でしょう。
10年前はメールはあったでしょうけど、情報漏洩が今ほどうるさくなかった気がします。
ということは少なくとも10年という月日の前後で
この分野においては急激にルール化や規制等が図られたということでしょう。
もちろん、10年前と現在では、インターネットの技術や成長度合いは比較になりませんので、一概には言えませんが。あるいはインターネット技術が人類にとって当たり前になるための成長痛であり、ただ過渡期という解釈もあるかもしれません。
ただ、両時期を知ってる身としてはなんか面倒な世の中になったなという風に思います。
続いて、学校の先生あるいは子供の教育についても同じように厳格化する方向に
進んでいるような気がします。数十年前の先生と現在の先生像は全く異なります。
もちろん、将来の日本を支える子供達の成長に関わる仕事で昔も今も非常に重要な仕事で
かつ大変な職業であることは変わりありませんが、個人的には
学校からの高い要求や親からの監視等、より先生達に余裕が無くなったように
思えてなりません。
これらの事例はあくまで一部でありますが、
現代社会において、数年前と比較してより厳格あるいは寛容さを失った物事は
たくさんあるように思います。
また、よりこの問題を難解にすることに日本人特有の価値観があります。
それは自分達が守ってるのだからとそれを他人にも要求する横にならえの倫理観です。
この倫理観が知らず知らずの内に、同調圧力となり、
ますますお互いの行動や言動を縛る世の中に向かってるのでは?なんてことを思います。
と色々な書いてきましたが、最も重要なことは・・・
寛容さを失うことは不可逆だよね。
ってこと。つまり、物事がより不寛容にあるいは厳格になることはあっても、
より寛容になることないでしょう。覆水盆に返らず。
先ほど挙げた事例を例に挙げると、メールで情報漏れても構わないよねとか、
学校先生はもっと伸び伸びと親の顔色伺わず働いてくれてもいいよとかって、
まぁ、そんな寛容な未来はあまり期待できない気がしませんか?
なんて硬い記事を書いたけど、先日行われたAKB総選挙で結婚します!と宣言した件。
皆さんはあれを見て、一体どの様に感じましたか?
批判の方が多かったあのニュースを見て私が思ったことは、
寛容さを失う社会において、次の世代は無自覚にそれを乗り超えていくんだなと。
ある意味は頼もしいなとすら思ったんです。褒めてます。
そして、何より私自身偏った意見を長々と述べて来ましたが、
どの意見が正解かは重要ではなくて、私の意見もあくまで一つの意見。
色々な人がいて色々な考えがあっていいよね。
自分と違う考えの人がいれば、そういう考え方もあるよねと思ってくれる人が増えれば、
それがきっと寛容な世の中に繋がっていくんじゃないかなと思う訳です。
それまでの話は一体なんだった!?
でわでわ