八重山ヒト大学 創立1周年

初めまして、福岡からこんにちは。メンバーの桐山 陽きりやまようです。

 

 

八重山ヒト大学が創立1周年を迎えました。

 

わたしは創立当初から所属しているわけではないから、1周年、というのがしっくりきているわけではないのだけれど、それでも感慨深いものがあります。

 

 

春に同級生の結婚式で島に帰ったとき、一部のメンバーだけだったんだけれど、ヒト大のメンバーに飲み会を開いてもらっちゃって、本当に楽しかったのを覚えています。

 

本当に面白いのは、ヒト大のメンバー、共通点は【島を想う】、それだけ。

 

年齢も、それこそ出身もバラバラで、あのとき会ったメンバーなんて、ほとんどが初対面の人ばかりでした。

 

それでも、あの店がああだ、あの店はこうだ…、あの人はいま、みたいな、知らないのに帰ってきた感がすごい。

 

同級生の名前を何人かだすだけで、年代がわかってしまう、祖父の名前と地名を言っただけで、誰が親戚だとか、つながりがどうだとか、すぐにわかってしまう、そんな狭い世間に少し窮屈さを感じていたはずなのに、帰ったら、それすらも心地よかったんです。

 

 

今、住んでいる福岡だって、すごくいい街だし、本当に一生離れたくない、とまで考えている。でも、第2の故郷がある、それだけで少し、救われる気がします。

 

島のことなんて、福岡にいたら本当に自分で調べないと全くわからないくて。こんなにも住んでる場所で、得られる情報って違うのかとしみじみ感じています。わたしは特に、祖父母や伯父、叔母、いとこたちが石垣島に住んではいるんだけれど、家族で福岡に越してきたから、本当に入ってこなくて。

 

でも、それに気がついたのは八重山ヒト大学に所属してからでした。

 

島のためにできることって、実際、何もなくて。
何かあったとしても、島に帰ることだってできなくって。
もし帰れるとしたとして、それでも何ができるんだろう?

 

よもぎが始めたことにジョインさせてもらった形ではあるけれど、それにしたって、こんなにも自分自身もっと動けないのかなって、不安になってきます。

 

何かイベントに参加しているわけでもないし、何か立案したわけでもないから大して成果は挙げられていないのだけれど、ほぼ毎月(どうしても1ヶ月2ヶ月開くこともある)のオンラインでの定例ミーティングで少し話できることでつながっていられる気がします。

 

定例ミーティングの様子

 

自分が何者でもないことが、目に見えてわかるからこそ、こういう居場所があるっていうのは自分にとって大きいのかもしれないなって思います。

 

実際、いま自分自身が模索中だってことも加味しているのかもしれません。

 

なにかしら、福岡にいながら、島のためにできること、少しずつ探していきたいとおもいます。

この記事を書いた人
桐山 陽 ( Kiriyama Yo )
中高6年間の青春時代を母親の地元である石垣島で過ごし、大学から父の実家がある福岡へ。大学では建築を専門的に学ぶも、在学中のアルバイトで接客が好きなことを発見し、現在は販売員の仕事をして5年目。自分語りが好きで、かなりのお喋り。猪突猛進な行動力が長所で短所。学部名の由来は、自分の中で「愛」がかなり大きなテーマだと思ったから。1995年2月生まれ。
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