”自分でいられる時間”が溢れる島づくり – 島出身者によるワークショップ –

石垣島よりこんにちは。八重山ヒト大学の橋爪千花です。

2018年8月29日(水)島内ダンススタジオにて、ダンスワークショップを開催しました。今回はそのワークショップの報告、というよりも、開催にかけた私の思いを綴らせてください。

 

 

垣花かきのはな克輝かつきダンスワークショップ

エンターテイメントの世界で、CMをはじめとする映像作品に出演、自らパフォーマンスグループを立ち上げ海外のステージに立ったり、いろんなイベントにダンサーとして出演し、活躍している。そんな大浜出身の23歳の青年がいるのは、みなさんご存知でしょうか。

 

 

今回、帰省に合わせてワークショップの講師をしてくれたのは、かつて私がウィングキッズリーダーズで共に舞台に立った、垣花かきのはな克輝かつきくん。

 

現在都内を中心に国内外で、ダンサーとして活動する克輝。コンテンポラリーやジャズダンス、ポールダンスなど幅広いジャンルに挑戦しながら、小さいころから習っていた八重山舞踊の動きを取り入れてみたり沖縄テイストの楽曲で振り付けをしたりなど、ふるさと沖縄の要素も織り込んだパフォーマンスが特徴です。

 

初めて彼に会ったのはもう10年以上も前。当時小学生の彼が、女の子たちと並んで堂々と舞踊を踊っていた姿は、今でも鮮明に覚えています。そういえば、彼が高校を卒業し大学進学のために上京した日。「千花ねーねー、東京に到着した日の寝床がない・・・」と、うちで一泊してったなぁ、と今筆をとりながら思い出しています。

 

そんな小さい頃から弟のような存在だった克輝。「島でパフォーマンスをしたい」という普段島外で活動する克輝の思いと「島出身のパフォーマーに石垣島でパフォーマンスしてほしい」という私の思いが、ちょうどマッチング。克輝とは、数ヶ月前から連絡をとりながら、ワークショップの開催を計画していました。

 

当日ワークショップに参加してくれたのは6名ほど。ダンス経験者、未経験者問わず、克輝の知人を中心に、克輝のことを知らない人も参加してくれ、2時間みっちりと克輝の振り付けを特訓しました。

 

 

◇”地元”という圧ってあるよね

ここで突然ですが、前にも記したように「島出身のパフォーマーに石垣島でパフォーマンスしてほしい」という思いについて、少しばかり語らせてください。

 

2017年8月。進学・就職と7年離れていた地元石垣島に戻ってきて、感じたこと。良くも悪くも”地元”というプレッシャーが常に隣にいること。

 

いろんな活動をする中で、「橋爪千花」の名刺を配るたびに言われます。
「あぁ、橋爪さんの末娘さんね」
「お父さん元気?」
「川平のね」
「よく知ってるよ〜」
生まれ育った島だからこそ、そこら中にある”私を知る目”。それは生きやすさであるとともに、生きづらさでもあります。

 

 

例えば就職で3年間過ごした東京で、私という人は900万分の1の存在でした。私が仕事でどんなに大きなミスをして凹んでいようが、会社の外に出れば私のことを知りもしない雑踏が広がっています。電車一両ぎゅうぎゅう詰めに押し込まれても、周りは私の名前も出身地もどこで働いているかも知らない。落ち込んでいようが、喜んでいようが、全くの”無関係”の中では、自分の感情も存在も誰かに影響を与えるなんてないように思えます。

 

 

それが、自分が生まれ育った地元だとどうだろう。
仕事という意味では、東京では「○○の社員橋爪」だったのが、石垣島では「橋爪さんの娘」「川平の橋爪」「アカハチの卒業生」などと、様々なバックグラウンドや自分の関係人口がもれなくついてくるわけです。何かミスを犯してしまった時に、私だけでなく両親や家族、恋人や所属コミュニティにまで迷惑をかける可能性が出てくると思うと、失敗はできないという圧がより強くなる。

 

・・・まぁ、当たり前に失敗しちゃいますけどね、人間だもの。笑

 

島に帰ることが、少しネガティブに捉えられたりすることがあるのはそのような地元ならではの”干渉の目”や地元ならではのプレッシャーも要因の一つなのかなと思います。

 

それでもそんな自分との関係人口が多い地元だからこそ、しっかり自分を知ってもらうこと、認めてもらうことって、ものすごいパワーになると思うんです。

 

子どもの頃、学校で勉強頑張っていい点数とったり、陸上大会でいい成績残すために頑張ったり。そういうのって先生や顧問の先生に褒められるのも嬉しいけど、一番は親や兄弟といった最も身近な存在である”家族”に、すごいね!やったね!って褒めて認めてもらうのが最強のエネルギーだったような気がするんです。

 

たとえ反抗期でも、家族に肯定されるとどこか嬉しい。そんな子どもの頃の感覚は大人になっても何も変わっていなくて。自分のホームである地元で自分を知ってもらう、認めてもらうって、それと似ていてみんな本当は求めてるんじゃないのかなって思うんですよね。

 

私自身、島に帰ってきてから、自分が何をしているかを話すと、「応援してるよ」と温かい言葉をもらうことが増えました。地域の人に自分を知ってもらって、さらに応援してもらえる。それだけで、自分の中でエネルギーが蓄積されていくのに気付きました。

 

それと同時に出てきた思い。頑張っているみんなのことも、島の人に知ってもらい、一緒に応援してほしい。

 

例えば、私の周りには克輝をはじめ、歌やダンス、お芝居で活躍している島の仲間が沢山います。石垣島ではダンサーや女優などエンタテインメント業界の職業がほとんどないため、彼らは皆島の外で夢を叶えるために頑張っています。彼らの多くは、島外で活躍しているにも関わらず、島に帰ってくるとそのことをあまり人に言わず、むしろ「何をしているの?」と聞かれると少し言葉を濁すような人が多いような。そんな印象を私は感じます。

 

その様々な分野で活躍する島出身者が、島の人たちに自分を語れる、自分を知ってもらうきっかけになるような”場所づくり”を私ができないだろうか。そう思って居た矢先の、克輝からの「島で何かしたい」という相談でした。

 

 

◇自分が自分でいられる時間を、この島で

「この振り付け面白い!」「こんなジャンル初めて!」「克輝と踊りたくてこの日に合わせて帰省しました」「ダンスは未経験だけど、克輝がどんなことしてるのか、同級生としてずっと気になってたから参加できてよかった」

 

克輝のダンスワークショップを通して、「あぁ、やってよかったな。」と感じる瞬間だらけでした。

 

そして、ワークショップ後。克輝本人がこんなメッセージをくれたんです。

 

 

「やっぱり 今の自分はダンスでしか表現出来ないし、1番自分が自分でいられる時間なんです。それを石垣でやることが出来たっていうのはすごく大切な時間でした。」

 

ここまで長々と書いてきたような私の思いを、シンプルにまとめてくれている言葉。

 

”自分が自分でいられる時間を、石垣で過ごす。”

 

ひとりでも多くの人が、この克輝がくれたこのメッセージを体感、体現できる島。そんな石垣島になればいいな、と思いながら。さて、次はどんな人に島でのワークショップを開いてもらおうかと作戦を練るのであります。
 Text  / Photo by 橋爪千花
この記事を書いた人
橋爪 千花 ( Hashizume Chika )
石垣市川平村出身。立命館アジア太平洋大学を卒業後、芸能プロダクションと地域コンサルタントの会社で経験を積んだ後に2017年8月より石垣島に拠点を移す。島内のイベント運営やカメラマン、ライターとして活動中。1991年6月生まれ。
トップへ