「仕事でも地域行事でも、マルチに動ける人に」地域を想う熱い気持ちを語ってくれた長間 翔悟さん。

皆さんこんにちは。八重山ヒト大学の金嶺 葉月かなみねはづきです。

 

今回ご紹介するのは、石垣市で消防士として働く長間 翔悟ながましょうごさん。

 

石垣島にUターンし、消防士として働き始めて今年で約10年。忙しい日々を送りながらも、日頃から地域行事に積極的に参加し、若い力で地域を盛り上げています。

 

白保の豊年祭で大きな旗頭を力強く持ち上げる翔悟さん。

 

 

私と同じ白保村出身の翔悟さんは、白保村の棒術、獅子舞、豊年祭の旗頭持ちの3役を全てこなす「スーパーマン」。周囲から一目置かれている存在です。

 

そんな翔悟さんが、なぜ消防士を目指したのか、現在どのような気持ちで地域と関わっているのか、お話を伺ってきました。

 

 

 

小さい島だからこそ、マルチに働ける人になりたかった。

 

 

 

--高校卒業後、一度島を離れたと聞きましたが、詳しく教えて下さい。

 

島を出たのは、消防士を目指すために専門学校に進学したからだね。消防士になるためだけの専門学校っていうのは厳密に言うとなくて、実際は救急救命士の専門学校に進学することになる。そこは3年制のところが多いけど、自分は2年制の学校に行きたくてそこはこだわった。

 

2年制の学校は全国にも数校しかないし、選択肢も少ないけど、とにかく時間を無駄にしたくなかった。限られた時間を大切にしたいとずっと思っていたから、そこは妥協しなかったな。

 

オレンジ色の制服に笑顔が映えますね。

 

救急救命士の資格を持っているから、普段の業務では幅広い仕事に携わらせてもらってる。消防士になるために救急救命士の資格は必須ではないけど、いずれ島に帰ることを考えて、1人何役もこなせる人材になりたいと思っていた。

 

小さい島だからマンパワーは限られるし、自分1人で色んなスキルがあれば、島のため地域のためになれるかなと思って。

 

 

 

 

 

専門学校を卒業して、すぐ島に戻ってきたのは親からの要望があったから。「早く戻ってこい」と口酸っぱく言われてた(笑)。

 

実は通ってた専門学校から、「学校の講師にならないか?」ってオファーも頂いてたから、正直断るのはもったいないかなと思ったけど・・・。

 

でも原点に戻ると、早く消防士なりたいと思っていたし、長い人生を見据えて、島で公務員として勤める目標は絶対にぶれなかった。

 

島に戻ってきてすぐは石垣市役所の臨時職員として働いて、家業の手伝いもしてた。そしてその後の消防士の採用試験で一発合格を果たしました!

 

 

小中高は野球漬け

 

 

実は小学校の頃からずっと野球をしていて、本格的にプロ野球を目指していた時期もあった。当時、頭の中ではずっとプロ野球のことしか考えていなかったはず(笑)。

 

だけど、同時に自身の人生について冷静に、現実的に考えるようになっていった。

 

プロ野球は華やかで憧れの世界だけど、若いうちだからこそ活躍できる仕事でもある。いざ自分が歳をとった時にどうなってるのかわからないのも不安だった。長い人生を考えた時に、やっぱり長く続けられる安定した仕事を目指した方がいいかなって。

 

 

 

--野球の才能もあった翔悟さんですが、あの時プロを目指しておけばよかったなって後悔はしていないですか?

 

後悔はしてないね。人生ってタイミングが重要だと思うしさ。

 

結局プロは目指さなかったけど、幼なじみで昔からずっと一緒に野球やってきた嘉弥真新也が、福岡ソフトバンクホークスに所属してプロ野球選手として活躍していてめっちゃ嬉しい!同じ白保の同級生として誇りに思う!

 

 

 

生まれ育った地域のこと

--翔悟さんは、地域行事に積極的に携わっていますよね。旗頭の頭持ちも、棒術も獅子舞も全てこなせる人ってなかなかいないと思うんです。

 

白保の棒術。右が翔悟さん。

 

消防士の仕事でマルチに働ける人に!と熱く語っていましたが、地域行事に携わる中でいろんな役目を果たせる器用さも仕事と同じように、「何でもできるようになりたい!」と思って取り組んでいたからなのでしょうか?

 

いや、実はそうでもないよ(笑)。不思議なんだよなぁこれに関しては。何でもできるようにと思って取り組むつもりはなかった。

 

--それについて詳しく教えてください!

 

 

昔から先輩の背中を見て育った

 

白保は村の行事やイベントごとが多いし、伝統芸能が盛んな地域。そんな村で生まれ育って、昔から近くで獅子舞を見たり実際に参加させてもらったりして。

 

その時に先輩たちが教えに来てくれたりして一緒に関わって、そういうのがきっかけで、「かっこいいなー、ああなりたいなー」、「このにーにー達と一緒に獅子やりたいな!」って思った。憧れの気持ちが増していったのかもしれないね。

 

白保青年会も、高校生の時に見習いみたいな感じで入らせてもらって、そこで先輩たちからいろんなことを教えてもらった。

※石垣島には各地域に、20~30代の青年男女が組織する「青年会」団体がある。

 

青年会活動には10年以上は関わっていたはず。奥さんとも青年会で出会ったし(照れ笑い)。

 

白保青年会として、石垣市民会館大ホールで披露した演目の一枚。中央が青年会長時代の翔悟さん。

 

辛いこともたくさんあった。正直辞めたいと思ったことは何度もあったな。でもイベントが多い村だから、「やらんといけん」って思って結局逃げられなかった(笑)。

 

青年会長は2年させてもらった。1年目はやっていくだけで精一杯。2年目は意地張って頑張って、最後には公民館で大きい発表会もやった。色んな経験をさせてもらって、とても濃い2年間だったと思う。


白保公民館で行った青年文化発表会。

 

会長時代にあちこち顔を出して動いていたからか、地域の人たちに顔と名前を覚えてもらったり、会ったときに「お!会長!」って声かけてもらったり。地域の人たちに認めてもらった時の嬉しさはもう、計り知れないな!頑張ってよかった。一方で、会長を務める大変さや苦労はその立場になってから実感した。実際にやってみないとわからんよ。

 

 

今は後輩を育てる役目を

青年会長時代、白保の先輩に「にーにー、ねーねーたちを見て子どもたちは育つはずだから、お前も責任持ってやれよー」って言われたことがある。

 

 

今は後輩にはたまに奢ってあげたりするね(根回し!笑)。だけどずっと優しく接するんじゃなくて、メリハリつけて教えてあげないとな。だからと言って厳しいだけじゃなく、楽しさも同時に教えないと、ついてこなくなる。褒める時はとことん褒めるし、厳しい時はしっかり厳しく。そうしないと成長しない。

 

 

先輩の背中を見ながら育ってきたけれど、自分が教える立場になった今、自分自身の言動には気をつけて接するようにしてるかな。教える時の言い方だったり、態度だったり。思いついたことをすぐ言う前に、考えてから言うように気をつけてる。

 

最後に後輩へメッセージ

 

「視野は広く、視点は遠く」

いろんな人を見て、その人たちの良いところを吸収して、自分もああなりたいなって思ってそれに近づくように努力する。もし内地(県外)にいるなら、たくさんいろんな経験をして、それを島に帰ってきたら是非活かして下さい。

 

あとは人間関係も大事。いろんな人たちと関わって、いい人間関係を築いて下さい。

 

 

--翔悟さん、素敵なメッセージありがとうございます。

 

「マルチに働けるように」、「色んなことが1人でできるように」というメッセージの裏側には、「他の人のために自分が動けるように、手助けできるように」という地域を思いやる熱い気持ちが伝わってきました。

 

よく「子どもは親の背中を見て育つ」、と言いますが、翔悟さんのように「地域の先輩方の背中を見て育つ」ことで、自分が先輩の立場になった時にしっかり指導ができる、リーダーシップが発揮できる大人になるのかもしれません。

 

そして、器用で多才で多くの可能性を持っていた中でも、過去を振り返って後悔しないのは、翔悟さんが自分でしっかり考えて自分の責任で決断してきたからだと思います。

 

いろんなことをこなすためには、自分の考えを持ち、周りの人のために動ける優しい気持ちが必要なのですね。

 

翔悟さん、これからもずっと「白保のスーパーマン」でいて下さいね!

 

 

 

Text by 金嶺葉月 Photo by 岩倉千花


 

 

長間 翔悟ながましょうごさん

年齢31歳

職業消防士

好きな場所白保の海

好きな食べ物嫁さんの手料理

 

この記事を書いた人
金嶺 葉月 ( Kanamine Hazuki )
石垣市白保出身。獨協大学卒。在学中カリフォルニア大学デービス校に一年間交換留学。一般企業に就職し、その後石垣島にUターン。大好物は納豆。1992年8月生まれ。
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