人のあたたかさに包まれて さくら山荘で暮らす

木のあたたかみがあふれる、「ひだ白川郷 瀬音さくら山荘」の看板を横目に見つつ、入ってまず目にとまるのは、レトロな空気をまとった暖炉だ。障子や生け花、片隅に置かれた1台のスロットマシンも相まって、何も知らずにここを訪れた人なら、まるで旅館を訪れたかのような印象を持つかもしれない。


看板の文字は、なんと白川村の住民が書いた文字をもとに彫られたもの


暖炉のある共用スペース。冬には実際に薪を焚いて使う

 

冷房を効かせるよりも開け放しておいた方が涼しいということで、のれんがかかっている個室が多い。通路を歩いていると、ほっこりとした柄が目に楽しい。2つのユニットルームの入り口には、ほの明るく光る赤ちょうちんが掛かっていて、落ち着いた和の雰囲気をかもし出している。

様々なのれんや、赤ちょうちんのある通路
白川村の合掌造りの家のような ”和” の空気を感じる

さくら山荘は、白川村に住む人が入居し、白川村に住む人がはたらく小さな老人ホーム。一般的な老人ホームの定員が100名ほどであるのに比べ、ここは20名と少ない。合掌造りの雰囲気を残した和風で広々とした空間には、自分の家の近くで最期を迎えたい白川村のお年寄りが住んでいる。小さな村だけに、三軒隣に住んでいたおばあちゃんが入居してきた、なんてことも日常茶飯事。一般的な老人ホームと比べて、入居者と職員の関係がとても身近なのが特徴だ。

 

移り住み、あたたかさに触れる

さくら山荘で働く萩田広美さんは、8年前に車で1時間ほどのとなり町・高山から、結婚を機に白川村に移住してきた。

移住してきた当初は、自分がよそ者であるように感じ、家から出るのもあまり気が進まなかったという。

「はじめは介護の資格を取るための勉強と、さくら山荘で働くことを並行していました。この手の仕事は3K(きつい・苦しい・汚い)と言われるし、やる前は抵抗がありました。でも、利用者の方に感謝されたり、信頼関係を築いていったりしながら、働いているうちにやりがいを感じるようになったんです。毎日、いいことも反省すべきこともあるけれど、今ではやる前にイメージしていたような苦しさを感じることはないし、ここに来てよかったと感じています。」

白川村で介護という新しい道に挑戦するうちに、心境に変化が現れてきた。

「ここでは職員も利用者もその家族も、みんな白川村の人たちです。さくら山荘で働き始めて、その村の人たちと触れ合うことができたおかげで、自分も白川村の一部になれたように思えたんです。」

 

心境の変化を語る萩田さん(写真右)

 

白川村ならば、観光客向けのお店で働くといった他の選択肢もある。それでも、萩田さんがさくら山荘を選んだのは、ある理由からだった。

「子育てと両立して働けるのが、私がさくら山荘で働く大きな理由です。観光客向けのお店での仕事だと、土日や夏休みにお客さんが増えるからすごく忙しくなる。でも、お店側としてはそのタイミングで働ける人が欲しい。働く時間と子どもの休みが重なってしまうと、そこで働くのは難しいんです。でも、さくら山荘であれば完全な交代勤務で休日出勤がないですし、荘長も事情を知っているから、働く時間に融通を利かせてくださったりするんですよ。子育てする母親としては、都合に合わせて働けるのがありがたいですね。」

さらに、白川村には、移住してきた人が安心して村での生活を送るためのサポートがある。移住してきた人たちが多く住むアパートがその例だ。

高校を卒業後、福祉関係で働くことを決め、埼玉から移住してきた山﨑一蔵さん。彼は現在、白川村に住んで5ヶ月目になる。

「さくら山荘近くのアパートから、自転車で通っています。アパートには荘長も住んでいて、白川村での生活に不慣れな僕のために、生活面でのサポートをしてくれたり、休日にはときどき一緒に出かけたりもするんです。」

アパートに住む人たちは、山﨑さんと同じように、かつて他所から白川村に移住してきた、いわば白川村での生活における先輩。何かあった時にすぐに頼れる人がそばにいると安心に繋がる、と山﨑さんは言う。

 

埼玉から遠く離れ、働く場所として白川村を選んだ山﨑さん。決め手は、他とは異なるさくら山荘のゆったりとした雰囲気だった。

「僕が住んでいたところは、都会というほどではないですが、田舎のようにきれいな場所ではなかったんです。小さい頃から、田舎の親戚の家を訪れるたびに、こんなところに住みたいと思っていました。便利から離れたところで暮らしたかったんです。都会の、スケジュール通りに動くカクカクした感じとは違って、白川村にはゆとりがあります。さくら山荘のホームページの写真からもゆったりとした雰囲気が伝わってきて、それが決め手になりました。」

 

豊かな自然の中にあるさくら山荘。向かいには澄んだ川が流れる

 

 

さらに、お年寄りとの関わりについても語ってくれた。

「若い人は特に歓迎してもらえます。白川村から外に出ていってしまう人が多いからか、白川村に働きに来る若い人がとても大事にされていると思います。僕はおばあちゃん子だったので、お年寄りの方の優しさが好きだし、コミュニケーションが楽しいんです。だから、お年寄りの方に少しでも寄り添えることがしたかった。入浴介助のときに、そんなところまでありがとうとか、感謝を伝えられると、とてもやりがいを感じます。」

大きなまちとは異なり、小さな村に移住するときには、そのコミュニティに飛び込んでいく不安が多かれ少なかれつきまとう。そんな不安をあたたかく包み込んでくれるのが白川村の良さなのかもしれない。だからこそ、2人のように前向きに働くことができるのだろう。

 

白川村の特別な”普通”

田舎の小さな村の老人ホームだからこそ、さくら山荘を利用する人とそこで働く人、そしてそれをとりまく白川村の人々との間にも、家族のような深いつながりがある。

白川村でどぶろく祭りが催される10月。さくら山荘では、動くことのできる利用者にスタッフがついて一緒にお祭りに行く。村に着くと、待っているのは入居してからはなかなか会えなかった近所の人たちとの再会。「久しぶり!」と声をかけ合う姿は、荘長の竹中健さんにとって心に響く光景だ。

「僕も白川村に移住してきた人間なので、村外から来たからこそ見えるものがあります。初めからここに住んでいる人にとっての“普通”が、僕たちには“普通“のことじゃなく、特別なんです。ときどき、元気なおばあちゃん4人組がさくら山荘に遊びに来ることがあります。利用者ひとりひとりに会って、元気かー?ってみんなに声をかけていくんです。」

入居する前まではすぐ近くで一緒に暮らしていた故に生まれるやりとり。さくら山荘は、小さな白川村の大きな人の輪の広がりのなかにある。

 

大きな懐、さくら山荘

竹中さんは、さくら山荘への思いを語った。

「100人の入居者がいたら、100通りの接し方があります。日によって、時間によっても違うから、それ以上かもしれませんね。相手が人間だから、介護にはコツと技術が必要不可欠です。でも、それらは身につければその人の財産になる。多少の違いはあれども、どこでもやっていくことができるんです。さくら山荘に働きに来る人たちの中には、無資格・無経験からスタートした人もいます。私もその一人で、今年で5年くらいになります。ここにはその道にもっと詳しい人もいますから、そういう担当者に一存する形で、のびのびと働いて欲しいと思ってます。家族のような関係性から生まれるアットホームな雰囲気は、さくら山荘ならではの良いところです。私はあくまでも縁の下の力持ちで、ここをまとめていきたいんです。」

 

笑顔でさくら山荘への思いを語る、荘長の竹中健さん

 

大きな心で白川村への来訪者を包みこんでくれるさくら山荘。
ここは今日も、ありがとうの気持ちと思いやりがあふれていて、あたたかい。

高齢者福祉施設 瀬音さくら山荘

【問い合わせ】TEL 05769-5-2141 FAX 05769-5-2170

【所在地】岐阜県大野郡白川村長瀬字小保木755-1

※介護スタッフもしくは生活相談員候補スタッフとして働いて頂ける方を募集しています。気になる方はご連絡下さい。

 

この記事を書いた人

勝山祐衣

山形県生まれ・茨城県育ちの19歳。

筑波大学芸術専門学群1年。

ほぼ勢いで参加した白川村のインターンでの色々な人たちとの出会いを経て、自分の生き方模索中。

今は日本の伝統的なデザインに興味があるが、1つのことにとらわれずに色々なことに挑戦していきたいパワフル女子。

※本記事は9月3日~8日に白川村で開催された白川郷ヒト大学の「ローカルワーク編集合宿」で製作されました。

 

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