「琉球舞踊×ダンス×カラーガード」という新たな挑戦 –映像作品「NIRAIKANAI」–

みなさんこんにちは。八重山ヒト大学副学長の岩倉 千花いわくら ちかです。令和3年5月12日、東京の多摩川河川敷にてある映像作品の撮影が行われました。沖縄の楽曲に合わせ「琉球舞踊×ダンス×カラーガード」という三つの表現方法のコラボレーションで表現された本作品は、現在東京で活動する2名の八重山出身の若者たちによって制作されました。

 

 

石垣島出身で、現在は東京に拠点を構える浜渦 華衣はまうず かいさん(旧姓:内原うちはら)と垣花克輝かきのはな かつきさん。それぞれカラーガードとダンスという分野でパフォーマーとして活動しています。学生時代 ウイングキッズリーダーズ のメンバーとして活動していた二人は小学生からの仲。そんな姉弟のような二人にとって初めての共同制作となった本作品について、表現者としての活動について聞かせていただきました。

 

記事中では、普段のように克輝、かーいー、華衣ねーねーと慣れ親しんだ呼び名で書かせていただきますね。

 


 

–––本日はよろしくお願いします!まずは二人の簡単な経歴を教えてください。

 

浜渦華衣はまうず かい・・・1992年12月29日 / 石垣市白保出身

 

華衣:八重山高校を卒業後、文京学院大学に進学し東京で就職。1年ほどで退社してからは一度石垣島に戻って、空港の国際線で働きながら八重山高校カラーガード部のインストラクターとして後輩たちに指導をしていました。結婚して東京に戻ってきましたが、今でも年に数回は石垣島に帰ってカラーガード部の指導にあたっています。具体的にはショーのデザイン(選曲、“ドリルデザイン”と呼ばれるフォーメーション組み、振付まで)や衣装デザインを手がけています。

 

 

垣花 克輝かきのはな かつき・・・1995年5月3日 / 石垣市大浜出身

 

克輝:八重山高校を卒業後、桜美林大学芸術文化学群演劇専修に進学し、今はフリーダンサー・振付師・モデルとして活動しています。何かに属するということが得意じゃないことと、表現活動に対して「やらなきゃいけない」というような強制力を生み出したくないということ、枠にはまらない表現をしたいという理由で、現在は事務所等には所属しておらず、所属しているグループも個人活動をメインとするメンバーで構成。今は新型コロナウイルスの影響でステージの機会は減っていますが、MVなどの映像作品に参加させて頂いています。

 

※克輝は2018年に「ヒトを知る」のコーナーでもインタビューを受けてくれています。そちらの記事もぜひ読んでみてください。(「みんなもっと、弱さをさらけ出していいと思うんだ。」ありのままの自分を表現する大切さを伝える、垣花克輝さん。

 

きっかけはSNSでの呼びかけ。

 

–––今回初となる二人の共同制作。最初に話しを聞いた時は、私も「ついにかーいーと克輝がコラボ!」と、とってもワクワクしました。そのきっかけについて教えてください。

 

克輝:華衣ねーねーがInstagramで「誰か一緒に作品作りをしませんか?」と投稿していたのを見て、すぐにやりましょうとメッセージしました。自分は、去年コロナ禍で出演予定だった舞台が全部無くなってしまったんです。今まで通りの活動ができなくなっていく中で、できることを模索した結果「映像」に辿り着きました。仲間と一緒に映像作品を作ったり、誰かの映像作品に出演させてもらったりしました。そうやって、去年1年間で映像の可能性や楽しさを実感したのが今回の映像作品にもつながっています。

 

 

華衣:今までやってきたカラーガードの活動をしっかり発信していこうと思って、カラーガード専用のInstagramアカウントを立ち上げ、誰かコラボしましょうと呼びかけました。今まで克輝がダンサーとして頑張っているのをいつも遠くから応援していたので、真っ先にコメントをくれたのが克輝で本当に嬉しかった!メッセージをもらった翌日、すぐ集合してミーティングしたよね。構成・演出・ダンスの振付は克輝が担当し、カラーガードの振付を私が担当しました。このタイミングで旗を投げて欲しいとか、このカウントでこう動いて欲しいっていう細かいリクエストを伝えてくれたので、振付もすごく作りやすかったです。

 

 

克輝:出演メンバーは16名。今回映像作品に使用した楽曲は、「かぎやで風節(読み:かじゃでぃふうぶし)」という琉球古典音楽。実は過去に演じたことがある演目で、ダンスメンバーに関しては、その時一緒に踊ってくれた仲間を中心に声をかけさせてもらいました。

 

 

華衣:カラーガードに関しては、八重高カラーガード部の卒業生や東京で知り合った人など、私が今までカラーガードを通して知り合った仲間達にSNSで呼びかけさせてもらいました。あと、二人から「この子は誘いたいよね」と名前が上がり声をかけたメンバーも居ます。八重山出身者は4名。練習や本番のスケジュールが合わなくて出れなかったメンバーも居たのですが、想像以上に参加希望の声があり、機会が無いだけでみんな何か面白いことをしたい、表現活動をしたいと思っているんだなと驚きました。

 

 

克輝:舞踊パートは、都内で琉球舞踊をされている方を知り合いに紹介してもらいました。その方とは撮影日が初対面でしたね。紅型衣装で集合場所に来てくれて、かっこよかった!実は、当初は舞踊パートは自分と華衣ねーねーとで男女の踊りをするっていう案も出ていました。しかし、「かぎやで風」は琉球舞踊で踊られる曲。自分や華衣ねーねーがやってきた八重山舞踊と琉球舞踊は少し違いがあることなどを考え、今回は琉球舞踊を専門的にされている方に踊っていただきました。

 

 

華衣:「せっかくだからやってみちゃおう」という自分たちの満足度ではなくて、この踊りを誰が踊るかということへの意味合い、この作品を誰が見てどんな反応が生まれるかという作品がもつ影響力を考えていたり、全体のバランスを考えたりして判断をし続ける克輝を見てすごく刺激を受けました。ただその時の思いで作品を作るわけではなく、作ったその先のことや今後への繋がりを考えている姿は勉強になりましたね。

 

「まばたき」でループする、過去、現在そして未来。

 

–––今回の作品のテーマはずばり?

 

克輝:タイトルは「NIRAIKANAI(ニライカナイ)」。過去、現在、未来のループがテーマになっています。歴史は何度も繰り返される。だからこそ残ることができる伝統もあるし、生まれてくる新しい文化もあるよねというメッセージも込めています。冒頭で八重山出身のダンサーと舞踊で協力してくださった方、二人の女性が映し出されます。彼女たちはそれぞれ現代と過去の同じ魂の繋がりとして、「まばたき」をきっかけに魂の記憶が遡ったり舞い戻ったりしているのを表現しました。

 

 

華衣:全体での事前練習は1回だけ。4時間の撮影時間をめいっぱい使ってその場で演出をつけたりしました。ダンサー同士が初対面の人も多くて、すごくいい交流が生まれていたと思います。普段から一緒に活動しているメンバーではなく、今回の作品のために集まったメンバーなので本番の時と休憩時間とのメリハリがあり、とてもいい緊張感の中で作品づくりに臨めたと思います。

 

カメラマンの方と克輝が撮影に関して熱く議論した時もあったよね。あれは、作品への強い思いがダンサー達にも伝わった瞬間だったと思う。

 

 

克輝:あったねー(笑)!今回カメラマンをお願いしたイナバケイタ君は同い年で、有名なアーティストのMVなども手がけているビデオグラファー。彼は、本当に素敵な映像を撮るんです。

 

 

ビデオグラファーとしての彼の撮りたいものと、演出である自分がどうしても譲れない部分の意見の食い違いもあったりして、撮影を止めて議論もしました。それぐらい、今回の作品には強い思い入れがあったし、イナバケイタ君も本気で臨んでくれたんだと思います。僕は今回、完全に演出側に回ったため、みんなが踊っているのを前からずっと見ていたんですが、もうイメージ以上に華やかなダンスシーンに幸せを感じるしかなくて、泣きそうになりながら見ていました(笑)。

 

カラーガードを通して島に恩返しをする

今回は自分自身もパフォーマーとして出演したかーいー

 

–––かーいーにとって「カラーガード」とはどういう存在ですか?

 

華衣:今の私にとってのカラーガードは、一言で言うなら「島への恩返しのツール」かな。“家族”と別で、大好きな石垣島と繋がれている唯一の理由がカラーガードなんです。

 

もともと、私ってコツコツ練習することがあまり好きじゃないんですが、高校に入学し、「未経験の私でも楽しめそう」という理由で入部したカラーガード部の練習は、3年間毎日練習したいと思えました。高校3年生になって部長を任された時に「やるなら上を目指そう!」と、まだ出場したことのなかった全国大会を目標にし、これまでの練習方法や体制の見直しを行いました。そうして先輩方や父母、仲間達と挑んだ全国大会。結果は初出場で全国2位という結果でした。

 

出場経験の無い全国大会で2位をとれたのはすごく嬉しかったのですが、個人的には1位になれなかった悔しさの方が大きく、大学進学後も全国大会を目指し、都内で関東の強いチームに所属させてもらいました。そこでは二年連続全国大会1位を獲得しました。

 

夢だった全国大会1位を経験して、一度カラーガードから離れようとした時期もありましたが、なんだかんだ社会人になっても続けていましたね。一度拠点を石垣島に戻した時に、現役の後輩達から「島にいるなら教えにきて欲しい」とリクエストをもらい、八重高カラーガード部のインストラクターとして関わり始めました。その時に、高校時代にチームを全国大会へ引っ張ったことや、大学時代に一般チームで全国大会1位をとったという経験を島の後輩達に伝えていかなきゃという責任感が生まれ始めました。

 

八重山高校カラーガード部指導中のかーいー。

 

実は石垣島に帰ってきた後、カラーガードの世界大会に参加するために、半年間渡米していました。それも、後輩達に「カラーガードが好きでアメリカに行く人もいるんだよ」という道標を指し示したいと思ったからなんです。誰かの夢や未来に小さな影響を与えられたらいいなと思っていました。結婚して東京に戻った時も、同じように「結婚しても、この年になっても、カラーガードが好きで現役で活動を続けている島の人がいる」という前例を作りたいなと思って、チームに所属して活動を続けるようにしていました。

 

自分のこれまでのガード人生は、どれも「島の後輩達」へ向けたメッセージだったり、自分の島に貢献したい思いを満たすための選択ばかりでした。これからもきっと私の島との繋がりを強めてくれるのはカラーガードだと思います。

 

踊り続けることは、自分が自分で居続ける方法

さまざまな表現方法に挑戦する克輝。

 

–––克輝にとって「ダンス」とはどういう存在ですか?

 

克輝:自分にとって、ダンスは「自分で居れる場所であり、自分で居させてくれる場所」。幼少期から八重山舞踊を習っていたこともあり、体を動かして踊ることは昔から大好きでした。大学に入学してダンスを本格的に学び始めた時に、あるステージのオーディションに受かったのに、同時期にひどくホームシックになったのとダンスにおける自信を失ってしまって辞退した経験があります。あの時の悔しさや、もう少し頑張ってステージに立っておけばよかったという後悔が、もう一度ダンスに挑むエネルギーになってくれました。

 

色々なジャンルに触れてきましたが、メインはコンテンポラリーダンス。コンテンポラリーダンスは、枠にとらわれない身体表現が特徴的で、自分自信の一番の強みである八重山舞踊との相性が一番良いジャンルだなと思っています。コンテンポラリーダンス×八重山舞踊という新たなジャンルを今自分の中で作り出しています。

 

新型コロナウイルスの影響をきっかけに挑戦し始めた「映像」という分野ですが、すごく面白みを感じています。映像だと、遠くに住む島の家族や友人たちにも見てもらえる。今後も様々な映像作品の制作に挑戦してみたいなと思います。

 

新たな挑戦・ふるさとを知るきっかけに。

出演者の皆さんと。

 

–––二人の今後の活動は、これからも八重山ヒト大学でどんどん発信させてくださいね。それでは、最後にこの記事を読んでくれた皆さんにメッセージをお願いします!

 

華衣:私はアメリカでカラーガードを学びましたが、本場アメリカでもカラーガードと琉球舞踊とコンテンポラリーダンスとのコラボをするなんて、見たことも聞いたこともありませんでした。今回の作品は、沖縄出身でカラーガードとダンスというそれぞれ違う分野で活動をしてきた私たちだからこそ出来たことで、世界的にもすごく新しい挑戦だと思います。そんな本作品を見て、みなさんの挑戦や発見のきっかけになってもらえると嬉しいです。また克輝と二人で何か面白いことをやりたいです!

 

 

克輝:今回制作した映像作品「NIRAIKANAI」。この作品を見て“新しい感覚”を感じ取ってくれると嬉しいです。沖縄の楽曲を起用していますが、見て欲しいのは決して沖縄の人やダンスが好きな人だけではなく、いろんな人に見てもらいたいです。自分と華衣ねーねー、八重山出身の二人が共同制作で取り組んだ映像を見て沖縄の文化を知ってもらいたいというのは勿論あります。さらに深い意図としては、この動画を見てくれた方達が自分のルーツを考え、その生まれ育った土地の文化や伝統などを知ってみようと思うきっかけになったらいいなと思っています。どんな場所にも歴史があっていろんなストーリーがあると思うので、ぜひ皆さんも自分の生まれ育った場所に時々目を向けてみてください。

 

 

「NIRAIKANAI」本編   

 

 

後記

八重山の子どもたちが舞台づくりを通してさまざまなことを学ぶ「ウイングキッズリーダーズ」という場。今回インタビューさせてもらった二人はその卒業生になるのですが、実は私岩倉もまた共にステージに立ち続けた仲でした。

 

かーいーは当団体立ち上げの年からの仲間で、当時私は小学6年生、かーいーは小学5年生でした。あの頃から、かーいーはその名前の通り、どこにいても誰といても華やかなオーラを身に纏っていて、元気いっぱいに笑う甘え上手な女の子で、みんなの妹のような存在でした。決して弱音を吐かない芯の強さは昔から変わらず、人を惹きつけたり、人に元気を与える力にはさらに磨きがかかっていて、今回のインタビュー中も出てくる真っ直ぐな言葉と笑顔に、ただただ「かっこいいなぁ。」と惚れてしまいそうでした。

 

克輝を初めてみた時の衝撃は今でも覚えています。ステージの演出で八重山舞踊を披露するために友情出演してくれた舞踊研究所の子どもたちの中に克輝は居ました。確か小学校低学年だったと思うのですが、小さな体でしなやかで美しい八重山舞踊を踊っている姿を見た時は鳥肌が立ちました。本格的にダンサーとしての活動を始めてからも、力強さとしなやかさを兼ねそろえた彼の動きは大好きです。書きながらふと思い出したのですが、克輝が小学高学年の時に、私はものすごい雷を落として泣かせてしまった時があったなぁ(笑)。

 

そんな小学生の頃から慕ってきた彼らと、大人になってこうして言葉を交わすことができること、生き方や考え方について教えてもらえるような関係性を築けていることを嬉しく思います。そして、今回のインタビューで改めて感じた二人の魅力的な人間力や人生の歩み方が、もっともっと多くの方に届けばいいなと思います。

 

これからもずっと自慢の妹、弟です。二人とも、ありがとうございました!

 

 Text by 岩倉 千花 Photo by 仲吉 史伯

この記事を書いた人
岩倉 千花 ( Iwakura Chika )
石垣市川平村出身。立命館アジア太平洋大学を卒業後、芸能プロダクションと地域コンサルタントの会社で経験を積んだ後に2017年8月より石垣島に拠点を移す。島内のイベント運営やカメラマン、ライターとして活動中。1991年6月生まれ。
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